こどもの笑顔から広がる循環 「uni:neu∞natur」(ユーニ:ノイ∞ナトゥア)
「毒虫」
そんな事してたら次に生まれ変わる時は虫になるよ…。
自分が良いと思い込んで
何かをやってあげてる…
その怖い思い込みは
時に毒虫を創り出す事もあるんやで〜…。
へ〜(・・;)
そうなんや…
客観的に自分を見つめ直さないと、ずっと良い事しているんや…と勘違いしたまま
自己満足の世界から脱出出来ないんやね…(^^;;
「プラスとマイナス」
負の力を吐き出す時、目の前ではそんなに変化が無かったとしても
その連鎖はつながって、結果弱いものにシワ寄せが回ってくるという仕組み…知ってる?
えー(^^;;知らない〜。
その人は全く気付いて無いけどね。
(^^;;あかんやん〜。
自分が蒔いた種が回りまわって自分に帰って来てることにも気づかないんだよ(^^)
怖いね。
じゃあ負の反対の正の力を吐き出せばいいね。
正の力の方がつながっていくときっと楽しい人が増えるだろうね…。
(^^)
「便利」
わかったぞ〜!
え。なに なに〜?
最近…
便利になり過ぎてあるものが要らなくなったんや。
あるもの?
そうそう、あるもの。
…人間は不便な時、それがあるから、不便からアイデアが生まれたり、たくさんの知恵や想像が出来たんや。
なのに便利になり過ぎて、要らなくなってしまったんや。
大事なもの?
うん…。
人間が一番大事にしなあかんやつちゃうかな〜?
えーーー。
何やろ
「自分を」
鈍感力ってある意味能力やなぁ〜。
そーなん?
我が振りに気がつけないから
何をしても平気な顔で笑っていられるやん。
って事は…(・_・;
人の批判をする前に
まず自分を見直せる人になりたいね。
「優しい空気感」
こんな優しい空気感…。
1歳・2歳・5歳・7歳1人1人にちゃんとパーソナリティがあり、小さな世界にも尊重と自我がある。
すごい世界に感動しますm(_ _)m
「生きる力」
生きる力とは…。
こなせる力よりも
自分の心が動かされる事に気づき
感情を表す力。
直感力のエネルギー
…だと私は感じる。
「マハさん」
uni:neuの上に住む、バングラデシュから来たマハさん。先日、申し込んだ市営のマンションに当たったと嬉しそうに報告しに来てくれました*\(^o^)/*
今は5階まで、赤ちゃんとベビカーを抱えて上がらなければいけない生活。次はエレベーターがあるそうです。しかも、職場も近くに。
そして、お手伝いしていた甥っ子の日本留学も叶いそうとの事*\(^o^)/*
今、深夜もバイトをしているマハさん。ちょっと前までは、ヒロさん俺しんどい。働いても働いても楽にならへん。もう、仕事辞めると、沈んでいたマハさん。
少し、風向きが変わったようです。
赤ちゃんの服やベットなど、応援していただいた方々、本当にありがとうございましたm(_ _)m
マハさんからのメッセージです^ ^
「根本善」
ある子が書いたお父さんへのメッセージ。
この絵はお父さんかと思ったが自画像だった。
ピンクの自画像。。。
心が満たされた時、彼女が最後に書き足したメッセージは「がんばろうね」だった。
そして、「ありがとう」を自然に口にした。
凄くて、嬉しくて、涙が出そうになった。
心の豊かさは、優しさを生む。
勇気を生む。
こちらこそ「ありがとう」(^^)
「二人」
昨日、紙芝居に2歳の弟を連れてきた5年生の女の子二人。
二人とも同じ学校の、同じ学年。
そんなに仲良くないけれど。
二人とも、歳の離れた2歳の弟が。
二人とも、昨日初めてuni:neuに弟を連れてきました。
二人とも、時々一人でふらっと無表情でuni:neuにあわられます。
二人とも、弟の面倒を家で見ています。
二人とも、弟の面倒を見るのは、ちょっと嫌。
二人とも、弟が「おしっこ」というと、ちょっと嫌な顔。
二人とも、弟が「あれ欲しい」というと、ちょっと嫌な顔。
二人とも、弟が「あっち行きたい」というと、ちょっと嫌な顔。
自分の時間が奪われる。
家の事情はわかるけど。。。
そういう役目なのはわかるけど。。。
自分だってまだまだ遊びたい。。。
お母さんにもかまって欲しい。。。
時々、偉いな-って褒められるのは嬉しいけど。
でも。
でも。。。
そっか。
偉いな-。
僕の何倍も偉いや(^^)
ちょっと、尊敬。
いつでも、弟を連れてきなしゃい(^^)
弟を置いて、どこかで遊んできてもかまわんし。
uni:neuは、誰でも勝手に遊ぶシステムw
思い思いの事をしながら、時々一緒に、そしてバラバラに。
いつでも、誰でも楽しめる。
大人もこどもも。
負担なく、出来ることを出来る人が自然に勝手に、楽しみながら、おもしろいを循環させるシステム。
だから、罪悪感や自己犠牲なんか持たずに。。。
そんな小さなもん忘れて、いっぱい楽しみなさい(^^)
別に誰のせいでもない。
別に誰かのせいでもない。
自分たちの信念は、憐れまない、囲わない、すがらない、依存させない。。。
人を自分を信じ、許し、励ます事。
日々、楽しく反省だー*\(^o^)/*
「もっともっとおもしろい」
いつも、朝早く家を出る。
少し前までは、朝日で街が赤く染まりとても綺麗だった。
赤く染まった街を、なんて、幸せな事なんだろーっと思いながらペダルを漕ぐ。
今は、暗闇の中、さむ~さむ~と思いながらペダルを漕いでいる。
勝手なものだw
自転車で二つの商店街をいつも横切る。
いつも同じ八百屋さんや、肉屋さん、魚屋さんなどが、朝早くから、準備をしている。
おじいちゃん、おばあちゃん、そして、二代目さんたち。
黙々と、寡黙に、真面目に。
そんな姿を横目に見ながら、ペダルを漕ぐ。
少し、笑顔になる。がんばろっと思う。
そんな事を勝手に思いながら、
そんな事を勝手に思われているとは、あの人たちは思ってもいないだろうなーっと思うw
自分は、自分の想像を越えて影響を及ぼしている。
勝手に。
逃げようがないw
どうせ影響するw
う~ん、怖いなー(笑)
自分のはいた悪は、悪の影響を。
自分は半々の存在。
両方持っている(*_*;
対等だーw
う~ん、怖いなー
そんな、自分が今できることを考えてみる。。。。。。。。。。。
やっぱり、自分に素直に正直に生きることだな~。
他に出来ることが見当たらないw
その結果、どうゆう影響を与えようが仕方ないw
自分にウソのない人生を。
怖がらず、逃げずに。。。
もう半分。
自分の人生は自分のもの。
悔いのない人生を。
自分への責任。
楽しく、優しく覚悟しよう(^^)
きっと、もっともっとおもしろい\(^o^)/
ヒロ兄
「人から自然に…。」
佐那河内村からのおくりもの
人から自然に…。
先日やった”稲穂で脱穀ワークショップ”で少し余ったお米。
すずめ達は待っていましたと言わんばかりにそっと集まり、小さな体で食べています。
その姿を見ていると幸せな気持ちになります。。。感謝です。
分かち合う。
「昨日は、」
昨日は、いつもと違う懐かしい顔がいっぱい。
いろいろと問題をかかえるメンバーだ。
ばらばらばらばら集まってきたw
みんな心の中の違和感を隠し生きている。
なんとか解決したいと心に秘めて。
僕たちは、あえて見えていないふりをする。
全て、自分自身の問題。
おもしろい事に、そういう時は、純粋なものが同席する。
ひねくれ者の中にポツンと。人であったり、虫であったり、物や事であったり。。。
そして、純粋なものが、マイペースに事を動かす。
小さな気づきの連鎖が生まれる。
結局、僕達はなにもしない。
又、この子たちは、日常に戻り同じ問題に悩まされる。
気づき、受け入れるまで、繰り返し。
小さな大人たち。
理由や意味で武装し、傷つく、半分純粋なものたち。
ないけどある。
あるけどない。
いつか点が線に。。。
10年後。
この子たちは、自分よりおもしろい大人になる。
素晴らしい尊い存在になる(^^)
こどもは大人より理解力が強い。
言葉ではなく、心を読む。
僕達が本当の幸せに気づく事。
その素晴らしい価値を思い出す事。
他に、なにもいらない。
だから、自分たちはこの子たちのために何もしない。
ヒロ兄
「50円noこどもワークショップ」
uni:neuでは、お店にある材料で何を作っても良い、いつまでに作っても良い 「子どもワークショップ」を1作品50円で行っています。
半年かける子、途中であきて違うものを作りはじめる子、あきて置いていたものを1年後再び作りはじめる子。
本当の気持ちは、無料で構わないと思っています、、、。
しかし、お金を貰って行うことに意味があることだとuni:neuでは考えています。
それは、例え少額でもお金をいただく事で、プロとしての自覚がサービス提供者に生まれる、、、、から。
そして、ある方から聞いた言葉。 「サービスにお金を払うことは、こどもたちの権利です。」
おもしろいもので、お金を払う事で、こどもたちは、権利を主張しw、自分の作品に妥協しなくなります。
どんどんどんどん、こうしたい、もっとこうしたいに引っ張られていきます。
そこに、やらされている感はありません。
そして、自分への甘えや、妥協も陰をひそめます。
おもしろい、楽しいにひっぱられて。
作るのは自分。作りたいと思ったのは自分。全て自分の責任。
自分たちは、基本、同じものを同じ速度で作る学校の授業のようなことは、好きではありません。
そういうワークショップの形になってしまう事情は理解出来ますし、今後、自分たちもきっと行うと思います(そうならないように工夫しながら)。
良い、悪いでは無く。単純に好きでは無いというだけです。
より自由な発想をしている時の子どもたちの表情が好きで、その空気感が好きなだけ、、、、。
発想したのはいいけど上手くいかず、一緒に悩んで。でも、一度膨らんだ発想は、どんどんどんどん勝手に広がって、初め考えていたものと全然違うものが出来上がって、、、、w。
でも、そんな小さな事にはこだわらず、「ええねん。ええねん。ここ凄くない、こっちの方がおもしろいやん。私天才やー。」と自信満々な子どもたちの笑顔。
権利と自由そして自立。
「自分の力で、自分を見つけること」。
そこに携われることは、大きな学びを得ることと同時に、とても幸せなこと。
場と事。
そして、その価値を共有する空気。
裏と表。
権利から依存。。。 自由から依存。。。 あわれみから依存。。。 どんどんどんどん、本当の自分から離れていって、、、。
それはとても悲しいこと。 そんなサイクルをおこさないこと。逆にまわす、きっかけをつくること。
それは、とても幸せなこと。
楽しいこと。
おもしろいこと。
日々、反省しながら、自問自答しながら。。。
自分の中の「おもしろい。楽しい。」に素直に向き合って、今日もがんばろっと。
ちょっとだけ「ごめんちゃい」と迷惑かけている人に心の中で思いながら(笑)
ヒロ兄
「権利」
聞いた話
先月の夏祭りの際、その小学校では焼きそばなどのタダ券が配られた。
ある家庭は、小学生と幼稚園の兄弟がいる家庭だった。
その家庭では、仲良く、兄弟でその券を分けて使う事が約束事とされ、家族でその夏祭りに参加した。
ところが、夏祭りですっかりテンションのあがった兄は、気が付くと弟の分のタダ券まで使ってしまっていた。
わかっていて使ったのかもしれない。
それに気付いた父親は、その兄を叱った。
楽しい夏祭りの中激しく大声で執拗に30分。
きっと何度も仲良く一緒にタダ券を使う事を念押ししていたのだろう。その可能性を危惧して。
夏祭り全体の雰囲気に影響したことは、安易に想像できる。
そういう時、周りはどうしたらいいんだろーという話だった。
家庭のしつけにたいし、どこまで周りが踏み込んだらよいのか。 ここまでくると子どもを保護する義務も生じているように思えるが、、、。
実際に見ていないので、、、。
「もう、お前とはしゃべらん!家でも無視じゃー!!!」とお父さんが切れ終わった後、その子は、何もなかったかのように友達と遊んでいたとの事。それを聞いて、ひと安心。
ある人が言った
「お父さんどうしました?」と、そういう時は、まず一度止めなさい。切りなさい。と。
そこからだと。
自分ならどうしただろー? こどもな自分はそんなに冷静になれないなーw
せっかく楽しい夏祭りが台無しになる事にw
なので、止めてしまう。みんなの気分が悪いと。というか、自分の気分が悪いw
口を挟まずにはおれないw。気持ちをストレートに伝えてしまう。
結局、誰も何も言えなかったとの事。
これが例え正しいしつけだったとしても。自分がそれをされたらどうだろう。正論を威圧的に長々と語られて、誰が聞く耳を持つのだろう。
それは気分の良いものなんだろうか?
この子が他者に対して、このお父さんのような事を今後しないかどうかが心配だ。
それは、なんの問題解決も生まない、負のサイクルだから。
問題の背景。両親の問題。そのまた両親の問題。社会の問題。貧困の問題。地域の問題。学校の問題。。。国の問題。 突き詰めると、考えると、きりのない大きな問題。
そして、すぐには解決しない問題。
事件は現場で起きている。 いつも、弱いものにしわ寄せが。
先月の夏祭りある商店街で「出張・たこセン」をした際。予想以上の反響で、たこセンが品切れをおこした。
最後のお客さんは、兄弟だった。しかし、たこセンは1枚、、、。それを知ったお父さんが、激怒した。
自分たちの方が先に並んでいたのに、品切れとはどういうことか!納得できない!!!と。
その時、その場を仕切っていたたまちゃんが自然にとった行動は。
その兄弟に直接問いかける事だった。
「ごめんねー。あと1枚やねん。どうしよー」っと。
するとすぐにお兄ちゃんが大きな声で「半分づつにする!」っと笑顔で答えた。
園児ぐらいの年頃だった。
「そっか。すごいなー、じゃあ、はんぶんこにしよーなー(^^)」。
お父さんは、恥ずかしそうだった。
予想以上の反響だったため、並び対策をしていなかったのが原因なので、自分たちも反省。
正しい、正しくないだけで物事を判断すると、根本的に何も解決しない事がこの世界には多い。
そうして、ぐるぐるしながら、いつのまにか、自分は、感情で判断するようになった。
好き、楽しい、おもしろい、素晴らしい、凄い、綺麗、美しい。。。
そして、問題が起こった際、正しい、正しくないより、感情で判断する。直感で判断する。
そして、それを相手に伝える。
それが、結局そもそもに繋がっている事に気づいたから。
価値観がいつのまにか少し変わった気がする。
シンプルに。そぎ落としていく時代。
答えは、当事者たちが持っている。
自分の事は自分で考え自分で行動する。
そして、深く自分を見つめる事で、自分を知る。
そして、その力は圧倒的に子どもたちの方が強い。残念ながらw。
そして、それは素晴らしい事実。
みんなもともと持っているという事実。
当事者たちの事は、当事者たちが考え、当事者たちで行うことで素晴らしい、キラキラとしたものを生む。
そして、その価値を理解している人が権限をもって携わり、責任をもって優しく見守れば良い。規制や、常識や囲いを外して。
ヒロ兄
「5年生」
昨日、一人で寄付品を持ってきてくれた5年生男子。
何度も、自転車で家まで往復して、いっぱいいっぱい色んな物を持ってきてくれました。
「ほんとに、いいの?まだ使える物いっぱいあるやん!」
「ええねん。もう、いらんもんばっかりやから」
「ほんまにー。これ、いるんちゃうの?お母さんにいってあるん?後で怒られるでー」
「もう、いらんねん。お母さんには、いらんもんはuni:neuに持っていけって言われてるから、大丈夫」
「そうなん^^;ありがとう」
今日、店に行くとシャッターの外に又、品物が置いてありました。
雨の中、又、自転車で持ってきてくれたんやなー。
以前もたびたび、シャッターの前に置かれていた品物も、ほとんどが、彼が置いていった物でした。
彼は多くを語りません。
別に、褒められるためにやってるんじゃ無いし。
自分がしたいから、勝手にやってる事やし。
そんな感じw
すごいなー(^^)
見返りを求めない事。
捨てる事で、得られる事。
なかなか、大人になると出来ない事を、こどもたちは、あっさりとやってのけます。
いつも、ありがとうm(_ _)m
ヒロ兄
「怒り」
先日、子ども達とお店の前を掃除した。
暑くて、しばらくサボリ気味だったので、今日こそはするぞー!っと朝から決めていた。
しかし、焼けるように暑い。
誰か手伝ってくれる子来ないかなー
いやいや、一人でもするぞーーーー!!!
と覚悟した途端。
6年生が来たw
よっしゃ!
「ええとこに来たやん。手伝って!」
「何を?」
「掃除!」
「ええよ!」
やけにあっさり、決まったw
みんな、汗だくになりながら、1時間掃除をした。
最後の方は、
「もうやめようやー」と言っても
「◯◯なー!なんか気持ち良くなってきたー!綺麗になると気持ちいいなー」と言い出した。
「お前、熱中症で頭やられたんちゃうかー(*_*;。水のめ!!!」
「あほかー!だいじょうぶやー!!!」
掃除が終わった後、
「道には、以外とゴミ落ちてるやろ-」と聞くと
「うん、ほんまやなー」
「なんで、ポイ捨てなんかするんかなー?しかも、大人が」
「あんなー!ゴミ箱が少ないねん!!!」
「えーーー!?大阪いっぱいゴミ箱あるやん。コンビニとか」
「3m置きにいるなー」
「えーーー(笑)そんだけ、ゴミ箱あったら、それを回収する人がいるなーw又、お金いっぱいかかるやん。税金。」
「あっ!そっか(*_*;。じゃあ、普通の家の人が、家の前にみんなゴミ箱置いたらええんちがう?」
「おもしろいなー(^^)。でも、◯◯の家の前ゴミでいっぱいになってもええかー?てか、ここに灰皿置いたのに、道に吸い殻捨ててはるやろー。」
「ほんまやー(*_*;」
「なかなか、難しいやろー(笑)」
捨てる人がいるから、拾う人がいる。
もしかしたら、循環としては間違って無いのかもしれないw
拾う人も、拾う前や、拾ってる最中は楽しくないけど(僕は)、拾い終わると、綺麗になると気持ちが良いのも事実。なんか、無条件に良い事をした気になる。と思うと、あんまり腹も立たなくなるのかもw
うわー!ここにこんなん落ちてる!なんでやろー!
キャー!蝉の抜け殻や-!!!
結構楽しんでいる子ども達を見ていると、別にどうでもええかーっと思えてくるw
自分の中の怒りは、どこから来て、どこに向かっていくのだろうか?
それは、良い方向に向かっていくのだろうか?
良い怒りと、悪い怒りなんてあるのだろうか?
ヒロ兄